全国の神社の多くは、太陽の光を受ける南向き、あるいは太陽が昇る東向きに社殿を配置するのが一般的です。しかし、伊和神社の本殿は真正面から「北」を向いて建てられています。この特異な社殿配置の理由については、古代の伝承と地政学的背景から複数の決定的な理由が存在します。
最も広く知られているのが、境内の本殿裏手に今も残る「鶴石(つるいし)」にまつわる伝説です。社伝によれば、伊和大神がこの地に鎮まる際、伊和恒という人物に神託が下りました。「二羽の白鶴が飛来して北向きに止まり、眠っている場所を探し、そこに私を祀れ」というお告げに従って谷を探したところ、大きな岩の上に二羽の鶴が折り重なるように北を向いて眠っていたとされています。この神聖な岩が「鶴石」と呼ばれ、神託の通りに社殿を北向きに造営したのが現在の配置の起源です。
一方で、歴史学や地理的観点からは別の興味深い仮説も提示されています。かつて播磨国の北方に位置した但馬国や出雲国との境界守護、あるいは出雲の大神の故郷である山陰地方を遥拝・監視するための軍事・霊的防衛拠点としての役割を担っていたという見解です。神話のロマンと古代国家の境界意識が交錯する点に、伊和神社が放つ唯一無二の神秘性があります。