Q1:ハル・ノートの要求を一言でわかりやすく言うと何ですか?
A1:日本が1931年の満洲事変以降に進出・獲得した中国大陸や仏印からの完全撤退と、ナチス・ドイツとの軍事同盟の破棄を求めた、米国の全面降伏に近い要求書です。
Q2:東京裁判(極東国際軍事裁判)でハル・ノートはどう評価されましたか?
A2:インドのラダ・ビノール・パル判事は、自身の反対意見書(パル判決書)のなかで「現代の歴史学者であっても、ルーズベルト政権が日本に対して手交したような条件を突きつけられた場合、モナコやルクセンブルクのような小国であっても武器を取って立ち上がったであろう」と述べ、米国の強硬姿勢を厳しく指摘しました。
Q3:なぜ日本はハル・ノートに対して条件付きの再交渉を試みなかったのですか?
A3:当時の日本政府はすでに暗号解読や外交情勢から米国側に妥協の意思が完全にないと判断しており、また連合艦隊の燃料事情や冬の作戦気象条件から、これ以上交渉を引き延ばせば戦う手段すら失うというタイムリミット(時間の罠)に追い込まれていたためです。