堀江貴文氏が刑務所に収監された直接の契機は、2006年1月に東京地検特捜部による強制捜査で幕を開けた「ライブドア事件」です。かつてニッポン放送の買収劇や近鉄バファローズの球団買収騒動で既得権益層に挑み続けた同氏は、瞬く間に日本中の注目を集めました。しかし、その急速な拡大路線の裏で行われていたとされる会計処理が、司法の手によって厳しく追及されることになります。
起訴事由となったのは旧証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載および偽計・風説の流布)です。具体的には、2004年9月期の連結決算において、架空の売上を計上したり投資事業組合を介した自社株売却益を不正に計上したりすることで、本来は約3億円の経常赤字であったものを約50億円の経常黒字と見せかけた粉飾決算が主な争点となりました。
公判において堀江氏は一貫して「現場の部下に一任しており、違法な会計処理の共謀はなかった」と無罪を主張しました。しかし、東京地裁は2007年3月に懲役2年6月の実刑判決を言い渡します。白熱した法廷闘争は控訴審、上告審へと持ち込まれましたが、2011年4月に最高裁判所が上告を棄却し、懲役2年6月の実刑が確定しました。経済事犯において初犯であり、かつ粉飾決算の額が数百億円規模に及ぶ巨額事件ではなかったにもかかわらず、執行猶予がつかない実刑判決が下されたことは、当時の法曹界や経済界でも大きな議論を呼びました。