インターネット上の言説において、本作に関してしばしば見受けられる誤解が「李氏朝鮮のどの王の時代を描いた実話なのか」という疑問です。ネットの一部では「中宗反正の時代がモデルではないか」といった推測が飛び交っていますが、公式発表資料およびノ・ジソル脚本家の制作ノートによると、本作は特定の歴史的事実をなぞったものではなく、完全な架空の時代設定(架空王朝劇)として執筆されています。
ただし、物語の背景には朝鮮王朝時代のリアルな社会制度が緻密に組み込まれています。例えば、ユルが下した「怨女(ウォンニョ=行き遅れた女性)と曠夫(クァンブ=独身の男性)を強制的に婚姻させる」という王命は、当時の朝鮮社会で実際に「陰陽の調和が乱れると天災(干ばつなど)が起きる」と信じられ、国家政策として独身者の婚姻を奨励・命令した記録(成宗実録など)に基づいています。突飛に見えるラブコメディの起点に、確かな歴史的風俗の裏付けを持たせている点こそ、本作が単なる絵空事に終わらない重厚さを保っている理由です。
また、「世子が記憶喪失になる設定は陳腐ではないか」という放映前の懸念を完全に覆したのが、演出を担当したイ・ジョンジェ監督の手腕でした。記憶喪失という古典的な装置を、単なるトラブルとしてではなく「過酷な宮廷の権力闘争と孤独から、傷ついた青年を一時的に解放するための心理的シェルター」として機能させた点に、本作の革新性がありました。