全国の地図や古文書を紐解くと、「殺人の滝」と表記される場所は極めて限定的ですが、その強烈な漢字表記には主に民俗学的な言葉の転訛と地域の凄惨な歴史伝承という2つの側面が絡み合っています。
最も有力な言語的ルーツとされているのが、かつて山岳地帯で狩猟を生業としていたマタギや猟師を指す古語「サツンド(狩人・猟人)」です。山奥深くの滝壺が彼らの猟場や目印となっていたことから、元々は「狩人の滝(さつんどのたき)」と呼ばれていたものが、時代を経て漢字を当てはめる際に「殺人」という過激な文字が定着してしまったという説があります。
一方で、地域によっては落人伝説や戦乱の悲劇が由来となっているケースも存在します。戦国時代から江戸時代初期にかけての落ち武者狩り、あるいは村の掟を破った者を処刑した場所としての口伝が残り、それが「殺人の滝」という名で語り継がれた地域も報告されています。文字通りの殺人事件ではなくとも、かつてその地で命を落とした人々の記憶や戒めが、恐ろしい名となって後世に残された形です。