1927年7月、芥川は服毒自殺を遂げます。親友の久米正雄に宛てた『或る旧友へ送る手記』をはじめ、複数の遺書が遺されましたが、そこには死を決意した要因として複雑な女性関係の葛藤も仄めかされていました。
芥川の死後、親友で画家の小穴一成(薫)は、芥川から託された重大な形見分けの任務を果たします。芥川が愛用していた「翡翠(ひすい)の指輪」を、密かに片山廣子のもとへ届けたのです。
廣子はこの形見を終生大切に慈しみました。後に彼女が上梓した唯一の歌集のタイトルは、奇しくも『翡翠』と名付けられています。芥川の自殺理由は決して一因に帰せられるものではありませんが、自らの命が尽きる刹那まで廣子の面影が胸中にあったことは、この指輪の託送という厳然たる事実が雄弁に物語っています。