ブイゴールとは?劇的決着が消えた理由とサッカー延長戦ルールの真相

ブイゴールとは?劇的決着が消えた理由とサッカー延長戦ルールの真相

ブイゴールとは?劇的決着が消えた理由とサッカー延長戦ルールの真相について押さえておきたい ポイントを厳選して解説いたします。

日本におけるVゴールの歴史は、Jリーグというプロリーグの黎明期と完全に軌を一にしています。当時の日本サッカー界が下した大胆な決断と、その後の変遷を現場レベルの証言から振り返ります。

アメリカ型エンタメを模索した「完全決着主義」の時代

1993年に開幕したJリーグは、「サッカーを日本のメジャースポーツに押し上げる」という至上命題を背負っていました。当時プロ野球一強だった日本のスポーツ界において、引き分けで終わる試合は「カタルシスに欠け、チケット代に見合わない」と懸念されたのです。

そこでJリーグが採用したのが、引き分けを完全に排除した「完全決着システム」でした。90分で同点の場合は延長Vゴール方式を行い、それでも決着がつかない場合はPK戦を実施して、必ずどちらかに白黒をつける運用を徹底しました。スタンドを埋め尽くした数万人のファンは、照明に照らされたピッチで放たれる劇的な一撃に熱狂し、Jリーグバブルを牽引する起爆剤となったことは紛れもない事実です。

選手たちの告白「あの延長戦は地獄の酸欠状態だった」

しかし、エンターテインメントとしての派手さの裏で、選手たちの肉体は極限まで摩耗していました。当時のJリーグでプレーしていた元日本代表ディフェンダーは、のちの回顧録や引退後のインタビューで次のようにその壮絶さを語っています。

「真夏のナイトゲームで90分走り切ったあと、息も絶え絶えの状態で『絶対に失点するな』と怒鳴られる。足は両方攣(つ)っているのに、裏を取られたら即敗戦が決まるからラインを上げることもできない。恐怖心で胃がねじ切れるようなプレッシャーだった」

当時の過酷なレギュレーションは選手の負傷離脱を激増させ、試合のクオリティ低下を招く要因としても問題視されるようになりました。

段階的なルールの正常化と2002年の終焉

Jリーグは世界のサッカースタンダードに合わせるため、段階的にルールの見直しを進めていきました。

  • 1999年:PK戦を廃止。90分で同点の場合は延長Vゴールを行い、それでも決着がつかない場合は「引き分け」とする勝ち点システムへ移行。
  • 2001年末:J2リーグにおいて過密日程を緩和するため、一足早く延長戦(Vゴール)そのものを完全撤廃。
  • 2002年末:日韓ワールドカップ終了後、世界的な潮流と選手の過重負荷解消を理由に、J1でもVゴール方式を完全廃止。2003年シーズンからは90分終了時点で同点ならそのまま引き分けとする現行のリーグ戦方式が定着しました。
高橋 健太
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高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。