昭和から令和に至るまで、音楽シーンの最前線に立ち続ける鈴木雅之。トレードマークである漆黒のアイウェアと整えられた口ヒゲは、彼のアイデンティティそのものです。取材記録や本人の自著・手記、過去のドキュメンタリー番組の証言を辿ると、鈴木雅之がサングラスを外さない理由の根底には、意外にも「目元の優しさ」と「極度のシャイな性格」がありました。
時計の針を、1970年代半ばのアマチュア時代へと巻き戻します。当時、東京都大田区大森で幼馴染の桑野信義や田代まさしらとドゥーワップグループを結成した若き日の彼は、本場の黒人音楽(R&Bやソウル)に強く傾倒していました。しかし、アマチュアコンテストに出場した際、審査員や関係者から投げかけられたのは予想外の言葉でした。「歌は抜群にうまいが、目元の素顔が優しすぎて、不良っぽい色気や迫力が足りない」という指摘です。
生まれつき黒目が大きく、つぶらで穏やかな瞳を持っていた彼は、クールでタフなソウルシンガー像とのギャップに悩まされることになります。そこで試行錯誤の末に見出した突破口こそが、鈴木雅之のサングラスのきっかけとなった「アイウェアによる武装」でした。視線を隠すことでミステリアスな色気と凄みが生まれ、内面にある内気さや照れを完全に遮断できることに気づいたのです。
1980年、シャネルズ時代にシングル『ランナウェイ』でミリオンセラーを記録した際、顔を靴墨で黒く塗り、ドゥーワップを歌い上げるスタイルは社会現象となりました。その後、1983年にラッツ&スターへと改名し、1986年にソロシンガーとして独立してからも、彼は一度たりともそのトレードマークを手放しませんでした。彼にとってサングラスをかける行為は、日常の「大森の鈴木くん」から不世出のヴォーカリスト「Martin(マーチン)」へと変貌を遂げるための、神聖な変身儀式だったのです。