佐藤栄作が政治家として頭角を現した背景には、戦後の宰相・吉田茂に見出されたことが大きい。いわゆる「吉田学校」の優等生として、官房長官や自民党幹事長を歴任した栄作は、圧倒的な実務能力と人心掌握術を発揮した。彼につけられた異名が「人事の佐藤」である。
誰がどこで何を求め、どのような不満を抱いているかを徹底的に把握し、緻密なパズルを組み立てるように閣僚や党役員を配置した。この冷徹なまでの計算高さと、裏で一族や子分を徹底的に守り抜く義理堅さが、7年8ヶ月という長寿政権を支える原動力となった。彼が築いた党内統治のスタイルは、その後の自民党派閥政治のスタンダードとして引き継がれることになる。