津田三蔵が死刑にならなかった最大の理由は、旧刑法116条(大逆罪)が日本の皇室のみを対象とした規定であり、外国の皇室は対象外であったという厳格な法解釈にあります。
政府は「国家の安全を脅かす外国皇族への危害も同等に扱うべきだ」と主張しましたが、近代刑法の鉄則である「罪刑法定主義(法律にない罪で人を罰することはできない)」に真っ向から反するものでした。もし政府の言いなりになって大逆罪を適用すれば、日本は自ら定めた憲法と法律を政治の都合で破綻させる未熟な国家であると世界に証明することになります。
1891年5月27日、大津地方裁判所の法廷で言い渡された主文は「被告人三蔵ヲ無期徒刑ニ処ス」。政治の威嚇に屈せず、法文どおり普通謀殺未遂罪を適用したこの判決は、日本の司法が国家権力から独立していることを内外に決定づけた歴史的瞬間でした。