入来祐作という投手を語る上で、1990年代後半から2000年代初頭にかけて見せた熱狂的な投球を外すことはできません。PL学園高校、亜細亜大学、本田技研を経て、1996年ドラフト1位(逆指名)で読売ジャイアンツへ入団。当時から気迫を前面に押し出すスタイルで、長嶋茂雄監督からも厚い信頼を寄せられていました。
キャリアのハイライトとなったのは2001年シーズンです。先発・救援としてフル回転し、13勝4敗3セーブ、防御率3.71という圧巻の数字をマーク。切れ味鋭いスライダーと打者の内角を突く強気の直球を武器に、オールスターゲームにも出場を果たしました。マウンド上で雄叫びを上げ、ガッツポーズを繰り出す姿は、当時のジャイアンツ投手陣の中でも異彩を放つ象徴的な存在でした。
しかし、栄光の時間は長くは続きませんでした。右肩の故障やチーム事情も重なり、2003年オフに北海道日本ハムファイターズへトレード移籍。さらに2005年オフには、長年の夢であったメジャーリーグ挑戦を決断します。ニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、メジャー昇格を目指して異国の地で孤軍奮闘を続けました。過酷な長距離バス移動、劣悪な環境の3A生活に耐え抜いたものの、厚いメジャーの壁に阻まれ、メジャー公式戦での登板機会を掴むことは叶いませんでした。
2008年、トロント・ブルージェイズ傘下を経て横浜ベイスターズ(現DeNA)で日本球界に復帰を果たしたものの、かつての球威を取り戻すことはできず、同年秋に球団から戦力外通告を言い渡され、現役生活に静かにピリオドを打ちました。