兄弟アスリートが同じ競技を選択することは珍しくありませんが、3人全員が同じポジション、しかも最も専門性と判断力が求められるセッターを務め、全員が学生日本一やトップリーグを経験した事例は世界的に見ても極めて異例です。
この特異なキャリアの背景には、バレーボール指導者であった両親の存在と、幼少期からボールに触れ合ってきた家庭環境がありました。体育館が身近な遊び場であった深津家では、常にトスを上げ、ボールを繋ぐ感覚が自然と養われていきました。
愛知県の名門・星城高校に進学した3人は、それぞれの年代でチームの中心として活躍。続く東海大学でもインカレ優勝など数々の栄冠を手にしました。兄の背中を追って同じ進路を選びながらも、大学時代には時期が重なることで「兄弟間でのポジション争い」という過酷な現実にも直面しました。
当時のインタビュー取材において、長男の旭弘は「弟たちには負けたくないというプライドと、活躍を喜ぶ兄としての感情の双方があった」と述懐しています。互いを意識し合わざるを得ない環境こそが、3人の技術とメンタリティを極限まで研ぎ澄ます原動力となりました。