日本国内で頂点を極めたピンク・レディーは、1979年に前代未聞のアメリカ進出へと舵を切ります。大手ネットワークNBCで冠ゴールデン番組『Pink Lady and Jeff』を持ち、シングル『Kiss in the Dark』は全米ビルボードHot 100で見事37位にランクイン。日本人アーティストとしては坂本九以来となる歴史的快挙を成し遂げました。
しかし、この華々しい実績の裏には過酷な代償がありました。英語を母国語としない二人がアメリカのバラエティ番組でコントや英語劇をこなすストレスは想像を絶し、さらに日本を長期間留守にしたことで国内のヒットチャートから急速に後退。帰国した彼女たちを待っていたのは、「ブームの終焉」を冷笑的に報じるメディアの論調でした。
そして1980年9月1日、突然の解散宣言。翌1981年3月31日、雨の後楽園球場でのラストコンサートをもって、ピンク・レディーは活動に終止符を打ちました。
長年囁かれた「メンバー間の不仲」という噂は完全な誤りです。のちに本人が明かした解散理由の真実は、「これ以上続けたら二人とも精神的にも肉体的にも壊れてしまう」「自分たちの意志で生きる権利を取り戻したかった」という切実な叫びでした。20代前半の若さで巨大ビジネスの重圧を一身に背負い続けた二人が、人間としての尊厳を守るために選んだ勇気ある自己防衛の決断だったと言えます。