東京都出身の井川遥は、東横学園女子短期大学(現・東京都市大学)を卒業後、すぐに芸能界入りしたわけではありませんでした。当初は一般的な企業へ就職し、オフィスワーカーとしてのキャリアをスタートさせています。当時の手記や過去のロングインタビューにおいて、彼女自身が「毎日同じデスクに向かい、決まったルーティンをこなす日々の中で、本当に自分がやりたいことは何なのかを自問自答していた」と述懐している通り、OL生活は約半年で幕を閉じました。
退職後、モデル活動などを視野に入れながら模索していた時期に訪れたのが、芸能関係者からのスカウトでした。明確な後ろ盾のない状態からのリスタートでしたが、167cmの恵まれたスタイルと、周囲を和ませる端正な顔立ちは瞬く間に業界関係者の目を引くこととなります。井川遥のデビュー当時における最大の転機となったのが、1999年の東洋紡水着サマーキャンペーンガールへの選出でした。
水着キャンペーンガールといえば、当時の女性タレントにとってトップスターへの登竜門であり、厳しいオーディションを勝ち抜いた精鋭のみが立てる舞台でした。井川遥はこの栄冠を皮切りに、翌2000年にはアサヒビールイメージガールにも選出。大手企業の看板を一手に引き受けるという、異例のスピードでスターダムへと駆け上がっていきました。