ジョン万次郎の家系図を紐解く上で、起点となるのは幕末の激動期に彼が迎えた妻たちと築いた家族構成です。1851年にアメリカから帰国した万次郎は、土佐藩から幕府へと登用され、旗本に抜擢された際に「中浜」の姓を賜りました。その後、生涯で3人の妻を迎えています。
最初の妻は、幕府の幕臣・団野源之進の娘である鉄(てつ)です。万次郎との間に長男の中浜東一郎をもうけましたが、産後の肥立ちが悪く早世しました。二番目の妻は、同じく旗本・鈴木重文の娘である志げで、次男の西二郎や三男の慶三郎らを授かっています。さらに志げとの死別後、富山藩士の娘であることを三番目の妻に迎えました。
中浜家の直系は、長男・東一郎の系統を中心に発展していきます。東一郎の子孫からは、心臓血管外科医として高名な中浜博(東一郎の孫)や、万次郎の生涯を語り継ぐエッセイスト・翻訳家の中浜京(東一郎の曾孫・万次郎の直系5代目)らが登場し、現在に至るまで学術・文化の最前線で活動を続けています。