『笑点』の歴史を語る上で欠かせないのが、1965年から日本テレビの深夜枠で放送されていた前身番組『金曜夜席』の存在です。当時20代後半にして落語界屈指の論客・異端児として脚光を浴びていた立川談志が企画・構成に深く関わり、自ら司会を務めたこの番組は、深夜帯としては異例の支持を集めました。
手応えを得た日本テレビは、日曜夕方の激戦区へ進出する演芸番組へのリニューアルを決定します。番組タイトルの命名者は立川談志本人でした。当時大ベストセラーとなっていた三島由紀夫の小説『氷点』をもじり、「氷を笑いに変える」「笑いのポイント」という意味を込めて『笑点』と名付けられたのです。当時30歳の青年落語家が放つ野心と鋭いセンスが、国民的長寿番組の産声を形作りました。
談志が目指したのは、単なる寄席の再現ではありませんでした。アメリカのスタンドアップコメディやトークショーの洗練された切れ味を日本のお笑いに持ち込み、落語家が時事問題や政治、タブーに鋭く切り込む「知的な風刺バラエティ」を構築しようとしていたのです。