捜査機関を悩ませた最大の壁は、谷本容疑者自身が一酸化炭素中毒に伴う重篤な脳障害により、事件から13日後の12月30日に死亡したことでした。被疑者死亡のまま書類送検されたことで裁判は開かれませんでしたが、大阪府警による徹底した家宅捜索とデジタルフォレンジック捜査により、北新地放火の犯行理由と背景が次第に明らかになりました。
容疑者の自宅兼作業場からは、2019年に発生した「京都アニメーション放火殺人事件」に関する新聞の切り抜きや、放火の手順をメモした形跡が発見されました。さらに、事件直前には自宅の窓や隙間を目張りのように塞ぐなど、可燃性気体を充満させて完全燃焼を狙った痕跡も確認されています。
公判記録や報道各社の取材データによれば、谷本容疑者は過去に家族に対する凶行(長男への殺人未遂事件など)を起こして服役し、出所後は親族との関係も完全に断絶していました。経済的な困窮、持病の悪化、そして社会的な孤立を深めるなかで、復職支援によって社会へ前向きに戻ろうとするクリニックの仲間や献身的な医師たちに対し、歪んだ逆恨みと自暴自棄の念を募らせていったと推測されています。
自らの死に多数の無関係な他者を巻き込む、いわゆる「拡大自殺(自暴自棄型無差別殺傷)」こそが、この悲劇の決定的な真相でした。