富本銭はなぜ和同開珎より古い?日本最古の貨幣に隠された衝撃の真相を徹底解説

富本銭はなぜ和同開珎より古い?日本最古の貨幣に隠された衝撃の真相を徹底解説

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富本銭が「日本最古の貨幣」として確固たる地位を確立した背景には、考古学的な層位の確認だけでなく、現存する最古の正史『日本書紀』の記録との完全な一致があります。歴史ファンのみならず研究者の間でも長年議論の的となってきたのが、以下の有名な一節です。

「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」
(『日本書紀』天武天皇12年4月15日条/西暦683年)

この記述は、天武天皇が突如として発布した貨幣使用に関する勅命です。和同開珎の鋳造(708年)よりも25年も前の段階で「銅銭を用いよ」と命じている事象について、かつての文献史学では「実体のない政策宣言に過ぎない」「後世の文飾ではないか」と懐疑的な見方が少なくありませんでした。しかし、飛鳥池遺跡から出土した富本銭の鋳造遺構の年代は、まさにこの天武天皇12年(683年)前後と完全にピタリと符合したのです。

さらに注目すべきは、当時すでに列島内で流通していた無文銀銭との比較です。無文銀銭は文字の刻まれていない円形の銀塊であり、貴金属そのものの重量で価値を測る「秤量貨幣」として機能していました。天武天皇は、豪族層が蓄蔵していた銀の流通を禁じ、国家が規格・発行を完全に独占できる「銅銭(富本銭)」への強制的一本化を試みたと考えられます。富本銭の誕生は、単なる交易ツールの導入ではなく、天皇を中心とする中央集権的な律令国家の威信を視覚化するための高度な政治闘争でもあったのです。

鈴木 陽菜
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鈴木 陽菜

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