離婚協議において最も世間の耳目を集め、同時に苛烈なバッシングを生んだのが父親である辻仁成氏への親権移譲でした。日本社会における離婚調停・裁判では、母親が親権を獲得する割合が8割から9割弱にのぼるのが一般的です。そのため、「母親が親権を放棄した」という短絡的な見方が一部のネットコミュニティで独り歩きしました。
しかし、中山美穂 辻仁成 親権問題の真相を当時の生活背景から客観的に紐解くと、そこには極めて理性的かつ現実的な判断が存在していました。当時10歳を迎えていた息子の十斗さんは、パリで生まれ育ち、現地のフランス語学校に通学していました。日本語よりもフランス語のほうが自然に出る少年にとって、突然の日本帰国と学校の転校は深刻なアイデンティティの危機を招きかねない状況だったのです。
日本へ連れ帰ることは息子の将来を狂わせる――中山さんが下した苦渋の決断は、母性の欠如ではなく、息子の教育環境を最優先に守るための譲歩であったことが、関係者の証言からも裏付けられています。