長崎県長崎市船大工町に本店を構える株式会社福砂屋の歴史は、寛永元年(1624年)にまで遡る。鎖国政策下の日本で唯一西洋に開かれていた出島を擁する長崎で、ポルトガル人から直接製法を学んだ南蛮菓子がその起源だ。400年もの星霜を経て日本の和菓子・洋菓子製造業を牽引するトップランナーとなった現在でも、同社は驚くべき製造原則を貫いている。
それは、ひとりの職人が卵の割りほぐしから泡立て、焼き上げまでを一貫して担当する「一人一貫手わざ」だ。大規模な菓子メーカーの多くがオートメーション化を進める中、福砂屋の厨房では撹拌機すら限定的にしか使われない。職人は卵白と卵黄を分け、白身を充分に泡立てた上で黄身を合わせる「別立て法」を手作業でこなす。季節や天候、日々の湿度によって変化する生地の状態を指先で見極めるのだ。職人の手のひらが、何よりも精密なセンサーとして機能している。