SF映画や科学愛好家のあいだで長年語り継がれる極限の仮定があります。「太陽が消滅したらどうなるのか? 地球は瞬時に闇に包まれ、宇宙の彼方へ放り出されるのか?」という問いです。
現代物理学が導き出す決定的な結論は、「消滅の瞬間から約8分20秒間、地球上では誰も異変に気付かない」というものです。
かつてアイザック・ニュートンの万有引力理論では、重力は無限の速さで空間を瞬時に伝わると考えられていました。この古典力学に従えば、太陽が消滅した瞬間に地球を縛る重力線が切れ、即座に軌道を外れるはずでした。しかし、アルベルト・アインシュタインが提唱した一般相対性理論は、その描像を根本から塗り替えました。重力の変化が空間の歪みとして伝わる「重力波」の伝播速度は、光速と完全に一致することが近年のレーザー干渉計型観測(LIGO・Virgo)によって実験的に実証されています。
したがって、太陽が神の御手によって瞬時に消失したとしても、光と重力は同じ秒速約30万キロメートルで並走しながら地球へ向かいます。消滅から8分19秒後まで、空には変わらず黄金色の太陽が輝き、地球は何事もなかったかのように秒速約30キロメートルで軌道を周回し続けます。
異変が訪れるのは8分20秒が経過した瞬間です。
- 突然の暗黒と直進運動への転換:真昼の空が一瞬で漆黒の夜へと反転し、満月も反射光を失って消えます。同時に太陽の重力ポテンシャルから解放された地球は、公転軌道の接線方向へ向かって時速約10万キロメートルで暗黒の宇宙空間へとまっすぐ投げ出されます。
- 数日から数週間の地獄的な冷却:大気圏が熱を保持するため、一瞬で凍結することはありません。しかし、地表の平均気温は1週間以内に氷点下0度を割り込み、1年後にはマイナス70度以下まで急降下します。
- 地殻変動と生命の最終防衛ライン:海洋の表面は数キロメートルの厚い氷で覆われますが、氷が断熱材の役割を果たすため、深海部には地熱エネルギーに依存する熱水噴出孔周辺の生態系が数千年以上にわたって生き残ります。
私たちが当たり前のように享受している光と公転軌道は、8分20秒前に太陽系中心から届けられた物理的なバトンによって、寸分の狂いもなく維持されている現実が分かります。