歴史をさかのぼると、日本とバチカンの関係は戦国時代のキリスト教伝来にまで行き着く。当時は「パパ」や「伴天連(バテレン)」といった言葉が使われていたが、明治時代以降に西洋の概念が流入する中で翻訳の混乱が生じた。
1942年、日本はアジアの国として初めてバチカンと外交関係を樹立した。この際、当時の公文書で「法王」という訳語が採用されたことが、その後の政府やメディアの表記のベースとなった。カトリック教会側が「教皇」と呼び続けたのに対し、世俗のメディアや政府は「法王」を使い続けるという、二重構造が長らく続くことになったのである。