なぜ『最後の晩餐』は、これほどまでに脆く、傷みやすいのか。その原因はダ・ヴィンチが選んだ実験的な絵画技法にありました。通常、湿度の高いイタリアの壁画には、漆喰が乾かないうちに顔料を塗り込んで壁自体と一体化させる「フレスコ技法」が使われます。しかしフレスコは漆喰が乾く前に素早く描き終えねばならず、後からの修正や繊細な陰影の塗り重ねができません。
極度の完璧主義者であったダ・ヴィンチは、フレスコ技法を嫌いました。数日間も筆を持たずに仁王立ちで壁を睨みつけ、突然思い立ったように数筆だけ加えて立ち去るような彼にとって、時間に追われるフレスコは不向きだったのです。そこで彼は、完全に乾燥させた漆喰の上に油彩とテンペラ顔料を塗り重ねるという前代未聞の工法を選びました。この実験は、完成直後から始まる劣化の悲劇の引き金となります。
後世の修復家たちによる粗雑な上塗りは、ダ・ヴィンチの繊細な筆遣いを覆い隠し、絵全体を重苦しい褐色に変貌させていました。修復主任を務めたピニン・ブランビッラ・バルチロン女史率いるチームは、特注の電子顕微鏡と特殊溶剤を用い、後世の厚い油煙やワックスを分子レベルで剥離していきました。その結果よみがえったのは、テーブルクロスの折り目や刺繍、ガラスのコップに映る透明な光、そしてパンの粉の質感といった、息を呑むほど瑞々しいダ・ヴィンチ本来の色彩だったのです。