関東地方を中心に甘い卵焼きが根付いた背景には、江戸時代の食文化と当時の貴重品事情が色濃く影響しています。江戸時代、卵と砂糖はどちらも庶民にとっては滅多に口にできない最高級の贅沢品でした。これら2つの高価な食材を惜しみなく組み合わせた甘い卵焼きは、ハレの日のご馳走やお祝いの席を彩る特別な料理として重宝されたのです。
この文化を決定づけたのが、江戸時代後期に発展した江戸前寿司の技術です。当時の寿司職人は、芝エビや白身魚のすり身に大量の砂糖やみりんを加え、じっくりと時間をかけて焼き上げる「厚焼き玉子」を考案しました。濃厚な甘みを持つ玉子焼きは、魚の生臭さを消し、コースの締めくくりやデザート代わりの一品として江戸っ子たちの舌を魅了しました。この江戸前寿司の甘い仕込みが、やがて東京を中心とする家庭料理の基準として浸透していったという経緯があります。
また、砂糖には強い保水性と防腐効果があるため、冷蔵技術がなかった時代に行楽や観劇のお弁当として持ち歩く際、傷みにくく味落ちしないという実用的なメリットも普及を大きく後押ししました。