風丸一郎太のサッカー人生は、親友である円堂守への「助っ人」から幕を開けました。雷門中学の陸上部で将来を嘱望されるエーススプリンターだった風丸は、部員不足に悩む円堂の情熱に動かされ、帝国学園との練習試合に臨時参加します。この試合を機に、風丸は陸上部からサッカー部へ正式に転部する決断を下しました。陸上部の宮坂をはじめとする後輩たちの複雑な想いを背負いながらも、彼は「円堂と一緒にサッカーを頂点まで極める」道を選び取ったのです。
フットボールフロンティア(FF)編では、不動の左サイドバック(DF)としてピッチを疾走。快速を活かしたカバーリングと攻撃参加で雷門イレブンの初優勝に大きく貢献しました。俊足を生かしたディフェンスはもちろん、前線への鋭いオーバーラップで攻撃の起点となるプレイスタイルは、初期雷門の戦術的基盤となりました。
世界大会「フットボールフロンティア・インターナショナル(FFI)」編では、日本代表「イナズマジャパン」の主力メンバーに選出されます。背番号2を背負い、ディフェンスラインだけでなくミッドフィールダー(MF)やウイングフォワード(FW)としても起用され、戦術の柔軟性をもたらしました。代表キャプテン代理を務めるなどリーダーシップも発揮し、名実ともに世界基準のサイドアタッカーへと成長を遂げました。