地球を冷やしたタンボラ山噴火の全貌|「夏のない年」の真相と現在

地球を冷やしたタンボラ山噴火の全貌|「夏のない年」の真相と現在

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赤道直下の美しい海に囲まれたインドネシア・スンバワ島。この穏やかな熱帯の島にそびえ立っていたタンボラ山が突如として猛威を振るったのは、1815年4月のことでした。数世紀にわたる沈黙を破った噴火は4月5日に本格化し、4月10日夜から11日にかけて極限状態のピークに達します。

この時の噴火は、近代的な地質学で用いられる火山爆発指数(VEI)で最大級の「7」に分類されています。放出された火山灰や火砕物の総量は推定150立方キロメートル(東京ドーム約12万個分)にも及び、1883年のクラカタウ噴火や1991年のピナトゥボ噴火を遥かに凌駕する圧倒的な規模でした。

激しい爆発によって、もともと標高4,000メートルを超えていた富士山以上の霊峰は一気に吹き飛び、山体の上部が完全に崩壊。標高は2,850メートルへと減少し、山頂には直径約6キロメートル、深さ約1,100メートルに及ぶ巨大カルデラがぽっかりと口を開けることになりました。爆風と爆音は約2,600キロメートル離れたスマトラ島にまで届き、当時のイギリス植民地政府の役人たちが「近くで大砲の砲撃戦が始まった」と誤認して軍隊を警戒態勢につかせたという記録が残っています。

鈴木 陽菜
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鈴木 陽菜

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