原が遺した最大の遺産、それは全編にわたって自筆で書き留められた膨大な『原敬日記』である。毎日の会談相手、密談の内容、政敵への辛辣な批評、そして自身の健康状態に至るまで、驚異的な精密さで記録されている。
近年の政治評伝では、この日記の記述を他者の書簡や海外外交公文書とデジタル技術でクロス照合する試みが飛躍的に進んだ。浮かび上がってきたのは、日記にすら書かれなかった「意図的な沈黙」や、表向きの強気な態度とは裏腹に、孤立無援の恐怖に苛まれていた宰相の生々しい葛藤である。
言葉を武器にし、言葉によって記録を残した原。日記をめくる読者は、まるで密室のタバコの煙の向こうで、彼自身が静かに語りかけてくるような錯覚に囚われる。