多くの人が抱く「なぜ帽子を脱いで参列しないのか」という疑問に対し、さかなクン側のスタンスは一貫しています。彼にとってあのハコフグ帽子は、単なるファッションアイテムや被り物ではなく、「体の一部(皮膚・アイデンティティ)」という公然の設定と哲学が存在します。
もし一般的な帽子であれば、室内や式典では脱帽するのが社会通念上のマナーです。しかし、さかなクンという存在そのものが社会的に認知された文化人である以上、素頭をさらすことこそが自身のアイデンティティを損ない、かえって場に対する不自然さを生み出しかねません。だからこそ彼は「脱ぐ」のではなく、「喪に服した黒いハコフグを新調して被る」という選択を取りました。自らの存在理由を保ちながら、故人に対して失礼のないよう全力を尽くした結果が、あの喪服スタイルだったのです。