国宝・半跏思惟像はなぜ悩む?広隆寺と中宮寺の違いや朝鮮半島の謎に迫る

国宝・半跏思惟像はなぜ悩む?広隆寺と中宮寺の違いや朝鮮半島の謎に迫る

国宝・半跏思惟像はなぜ悩む?広隆寺と中宮寺の違いや朝鮮半島の謎に迫るの具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

半跏思惟像を前にしたとき、誰もが息をのむのがその独特なポーズです。左足を下ろし、右足の先を左膝の上に乗せて組む「半跏(はんか)」の座り方に、右手の指先をそっと頬に近づけて思索に耽る「思惟(しゆい)」の手つき。この姿は単なるポージングではなく、極めて崇高な仏教的ドラマを内包しています。

半跏思惟像なぜ悩むのか理由の根幹にあるのは、弥勒菩薩の救済と経緯です。仏教の教義において、弥勒菩薩は釈尊(お釈迦様)の次に仏となることが約束された「未来仏」と位置づけられています。現在は天界の一つである兜率天(とそつてん)で修行を続けながら、釈尊の入滅から56億7000万年後という途方もない未来にこの世へ下生し、釈尊の教えから漏れてしまったすべての人々を一人残らず救済する宿命を背負っています。

「どうすれば迷い苦しむすべての人々をもれなく救えるのか――」。頬に指を添える半跏思惟像のポーズの意味は、私たちが抱える苦難や煩悩を前に、気の遠くなるような時間をかけて救済の手段を考え抜く、慈悲深き瞑想の瞬間を切り取ったものなのです。

鈴木 陽菜
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鈴木 陽菜

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