八王子市という東京西部のローカルエリアに位置しながら、なぜ23区内や首都高、さらには神奈川・埼玉・千葉にまで看板を張り巡らせているのか。その設置理由の原点は、1990年代半ばの開業初期に直面した深刻な経営危機にありました。
JR西八王子駅前にクリニックを開院したものの、当初は思うように患者が集まらず、毎月の資金繰りに頭を抱える日々が続いたといいます。電柱広告やチラシ配りなどあらゆる手段を試す中で、ある日試しに出稿した1枚の野立て看板が劇的な転機をもたらしました。「看板を見て来院した」という患者が想定以上に多かったことから、院長は屋外広告の持つ圧倒的な潜在力に着目します。
「中途半端に数枚出すだけでは埋もれてしまう。やるなら誰の記憶にも焼き付く規模で圧倒的な認知を獲得しなければならない」――その決断から、得られた収益の多くを次の看板設置費用へ再投資する拡大スパイラルが始まりました。単なる宣伝にとどまらず、街のランドマークとして機能するほど増殖した背景には、地域一番番手として生き残るための徹底した差別化戦略が存在しています。