宇多田ヒカルの最初の結婚は、日本中を震撼させた一大ニュースでした。2002年9月、社会現象的なヒットを連発していた彼女がわずか19歳という若さで婚姻届を提出した相手は、ミュージックビデオの撮影を手掛けた15歳年上の映像クリエイター・紀里谷和明氏でした。
「traveling」や「光」など、後世に残る名作MVを共に創り上げた2人の関係は、極めて濃密なクリエイティブの共鳴からスタートしました。しかし、2007年3月に発表された離婚報告において、双方が語った理由は単なる不仲ではなく、余人には理解しがたい創作者同士の葛藤でした。
後年のインタビューや手記において、紀里谷氏は「彼女と出会ったとき、すでに大スターとして孤独を抱えていた彼女を救いたいと思った。だが自分自身も未熟で、世間から『宇多田のヒモ』『七光り』とバッシングされる中で精神的に追い詰められていった」と胸の内を明かしています。一方の宇多田ヒカルも、公式サイト上のメッセージで「互いに変化し、向き合う方向が少しずつズレていった。孤独を埋め合うための結婚だった部分もあった」と回顧しています。
特筆すべきは、離婚成立から今日に至るまでの2人の関係性です。ドロ沼の慰謝料闘争などは一切なく、互いに一切の金銭要求を行わずに別れを選びました。紀里谷氏が映画監督引退作『世界の終わりから』(2026年公開)を発表した際にも、宇多田ヒカルの存在について敬意を込めて語っており、現在でもお互いをクリエイターとして深く尊敬し合う盟友としての絆を保ち続けています。