ネット上の噂で最も散見される誤解が、「不祥事のあと専修大学サッカー部は衰退したままなのではないか」という推測です。しかし現実はまったくの逆であり、この事件を最大の契機として同部は歴史的な大改革を断行しました。
事件を受けて指導陣が総退陣した後、再建の重責を担ったのが、のちに黄金期を築くことになる源平貴久監督(当時コーチから昇格)を中心とする新指導体制でした。専修大学サッカー部の歴代監督のなかでも、源平監督が断行した改革は大学スポーツ界の伝説として語り継がれています。
新体制が着手したのは、徹底した「人間教育」と「生活規律の是正」でした。サッカーの技術以前に、学生としての本分である授業出席の厳格な確認、寮生活における門限や清掃の徹底、地域貢献活動やボランティアへの積極参加など、乱れていた規律を一から再構築しました。「応援される人間にならなければ、ピッチに立つ資格はない」という徹底した意識改革が全部員に叩き込まれたのです。
その結果、活動再開後のチームは凄まじい団結力を発揮します。ピッチ上では「相手より走ってパスをつなぎ、圧倒的な得点力でねじ伏せる」という攻撃的スタイル(通称:専修アタック)を確立。2011年から2014年にかけて、関東大学サッカーリーグ1部で史上初となる「4連覇」を達成するという偉業を成し遂げました。
仲川輝人選手をはじめとする日本代表クラスや多数のJリーガーを輩出し、全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)でも優勝を果たすなど、どん底の不祥事からわずか数年で「大学サッカー界の頂点」へと駆け上がった事実は、ネット上のネガティブな噂の陰に隠れがちな決定的真実です。