彼のキャリアは決して平坦なビクトリーロードだけではない。ポスティングシステムでの大リーグ挑戦、NPB復帰後の育成契約、度重なる移籍。幾度となく「限界説」が囁かれながらも、彼はその度にバット一本で這い上がってきた。
2007年、中日ドラゴンズに育成選手として入団した際の背番号205。かつての名球会打者が屈辱とも言える条件を受け入れ、日本シリーズMVPに輝いた復活劇は、プロ野球史に残る執念のドキュメンタリーだ。どんな泥水をすすっても打席に立ち続ける。その反骨心こそが、中村紀洋という男の真骨頂だった。