安達有里がアダルト業界へ足を踏み入れた発端は、2006年(当時48歳)に発売したヘアヌード写真集『Myself』でした。当時、娘の安達祐実はすでに大人の女優として確固たる地位を築いており、世間からは「国民的女優の母がなぜ今さら」と激しいバッシングを浴びることになります。さらに2008年には、本格的なAVデビュー作『艶舞』をリリースし、芸能界に激震が走りました。
彼女がこのセンセーショナルな選択に至った背景には、単なる金銭欲や売名行為では片付けられない、以下の3つの決定的な理由が存在していました。
第1に、「敏腕ステージママ」という役割からの強制的な解放とアイデンティティの喪失です。安達祐実が2歳でモデルデビューして以来、有里はマネージャー兼プロデューサーとして人生のすべてを娘のキャリアに捧げてきました。しかし、祐実の成人および独立に伴い、有里は自身が築いてきた居場所を突然失う形となりました。
第2に、「一人の女として評価されたい」という強烈な自己顕示欲と美への執着です。若い頃から容姿端麗だった有里は、40代後半を迎えて「老い」に直面する中で、衰えぬ肉体を記録に残し、世間に認めさせたいという衝動を強く抱いていました。当時報じられた美容整形疑惑についても、有里自身がテレビ番組等で目元の施術やヒアルロン酸注入をあっさり認めるなど、美へのこだわりは人一倍強かったことが分かっています。
第3に、経済的な自立の確立です。個人事務所の運営トラブルや過去の投資などにより、一部で取り沙汰された多額の負債を自分の力だけで精算したいという意地が、高額なギャランティを提示されたオファーを受け入れる後押しとなりました。