家族構成を正しく把握する上で避けて通れないのが、近藤正臣という男の背骨を支え続けた妻の存在と、生活拠点である岐阜県郡上八幡での暮らしぶりです。
近藤の妻・裕子さんは、京都の学生時代からの同窓生であり、1歳年下の幼馴染でした。俳優として芽が出ず、京都から上京して下積み生活を送っていた極貧時代から彼を信じて支え抜き、1966年に結婚。50年以上にわたり連れ添ったまさに「同志」でした。過去のインタビューで近藤は、「家内がいなければ、到底この稼業を続けていくことなどできなかった」と万感の思いを吐露しています。
しかし、かけがえのないパートナーであった裕子さんは2026年に永眠しました。長年連れ添った最愛の妻に先立たれた喪失感の深さは想像に難くありません。
そんな彼を支え続けているのが、1990年代から生活の中心としてきた岐阜県郡上八幡の自宅です。名人級の腕前を持つ渓流釣り(郡上竿を用いたアユ釣りやアマゴ釣り)に魅せられ、清流・吉田川のほとりに腰を据えた近藤は、単なる避暑ではなく地域住民と酒を酌み交わす本物の生活者として根を下ろしました。高齢を迎えた現在も、過度な商業主義や芸能界の喧騒から一定の距離を置き、水と山に囲まれた土地で自らの美学を守り抜いています。