4代朝潮の相撲人生における最大の原点は、名門・近畿大学相撲部時代にあります。学生横綱やアマチュア横綱など主要タイトルを総なめにした長岡青年は、鳴り物入りで高砂部屋に入門しました。幕下付出でのデビューから破竹の勢いで番付を駆け上がり、昭和54年(1979年)春場所には早くも新入幕を果たします。
朝潮太郎の経歴を語る上で欠かせないのが、昭和の大横綱・北の湖に対する圧倒的な勝負強さです。当時の北の湖は「憎らしいほど強い」と称された絶対王者でしたが、朝潮はその怪力無双の横綱に対して真っ向からぶつかり、通算対戦成績で13勝7敗(勝率.650)という驚異的な勝ち越しを記録しました。「北の湖キラー」の異名は伊達ではなく、立ち合いの鋭いぶちかましと下からの猛烈な押し上げは、昭和相撲史に残る名勝負を幾度となく生み出しました。
朝潮太郎の成績を俯瞰すると、幕内通算564勝、大関在位36場所、そして昭和60年(1985年)春場所での幕内最高優勝(13勝2敗)と、堂々たる数字が並びます。怪我に泣かされる時期もありましたが、土俵際で見せる驚異的な粘りと気迫は、観客を熱狂させるエンターテイナーとしての資質にも満ちていました。