1966年に『恍惚のブルース』で鮮烈なデビューを飾り、独特のため息と魅惑の低音ハスキーボイスで一躍トップスターへ駆け上がった青江三奈。1968年には『伊勢佐木町ブルース』が爆発的ヒットを記録し、その名を日本中に轟かせました。しかし、熱狂の裏側で制作陣と本人は、単なる「お色気・ため息路線」にとどまらない、流行歌歌手としての本質的な進化を模索していました。
そうした中で1969年7月1日に発売されたのが『池袋の夜』です。作詞を手がけたのは戦前からビクター専属として数々の叙情歌・都会調歌謡を世に送り出してきた吉川静夫、作曲は『お富さん』や『上海帰りのリラ』などで知られる大作曲家・渡久地政信でした。当時、新宿や銀座を舞台にした楽曲が溢れるなかで、あえて開発途上にあり庶民的な猥雑さと寂寥感が同居していた「池袋」を舞台に選定したことが、時代の空気に劇的に合致しました。
当時の音楽関係者の回顧録や制作メモによると、渡久地政信は青江三奈の声質が持つ「湿り気と都会の冷たさ」を最大限に引き出すため、従来のアップテンポなリズム歌謡ではなく、短調の哀愁を極限まで研ぎ澄ませたメロディラインを構築したと記録されています。この緻密な楽曲設計こそが、のちにメガヒットを生み出す決定打となりました。