段田安則の変幻自在な演技力の源泉を探ると、若い頃に身を投じた小劇場演劇の過酷な現場に行き当たります。
京都市出身の段田は、日本劇団協議会の演劇研究所(青年座研究所)を経て、1981年に野田秀樹が主宰する伝説の劇団「夢の遊眠社」に入団しました。80年代の小劇場演劇ブームを牽引した同劇団は、舞台上を目まぐるしく駆け巡るスピーディーな動線、言葉遊びと哲学が交差する膨大な台詞量、そして圧倒的な運動量が求められる過酷な環境でした。
段田はその看板俳優として、主役から奇抜な脇役まで数々の舞台に立ち続けました。当時の特番インタビューや劇団関係者の回想録によれば、野田秀樹の複雑怪奇な戯曲を肉体化する過程で、「どれほど早口であっても観客の最後列まで言葉の意味を届ける発声技術」と「舞台空間全体の空気を瞬時に変える間の取り方」を徹底的に叩き込まれたといいます。
映像の世界へ本格進出したのは30代に入ってからですが、若い頃の舞台経験によって培われた「声の明瞭さ」「空間把握能力」「過剰な演技を自然に落とし込む身体性」は、現在のテレビドラマにおける唯一無二の安定感へと直結しています。重厚な時代劇の所作から現代劇のテンポの良い会話劇まで違和感なく溶け込めるのは、この強固な演劇的バックボーンがあるからに他なりません。