成立の過程における制作陣や文章の書き方(文体)にも、それぞれの性格が色濃く反映されています。
古事記の編纂は、類まれな記憶力を持つとされる稗田阿礼(ひえだのあれ)が語り伝えた「帝紀(天皇の系図・事績)」や「旧辞(神話・伝承)」を、文官の太安万侶(おおのやすまろ)が筆録する形で進められました。日本語の音や語順を漢字で巧みに表した「変体漢文」で書かれており、当時の大和言葉の響きや息遣いをそのまま後世に残そうとした工夫が見られます。
一方の日本書紀は、天武天皇の皇子である舎人親王(とねりしんのう)を総責任者とし、多くの学者や渡来系知識人が結集した巨大な国家プロジェクトとして編纂されました。採用された文体は、中国王朝の正史に倣った「格調高い純正な漢文」です。さらに形式も、年月の経過に沿って出来事を淡々と記述する「編年体(へんねんたい)」が採用され、国際基準のフォーマットに厳格に準拠しています。