節分において、鬼を追い払い福を招き入れるための豆まきは、日本古来の重要な年中行事です。しかし、全国に約100万人以上存在する渡辺姓の家庭では、古くから「豆まきをする必要がない」「むしろ鬼を追い払う儀式をしてはならない」と言い伝えられてきました。
民間伝承の研究者や各地の神社記録によると、この風習の根底にあるのは「鬼の側が渡辺一族を恐れ、その屋敷や子孫に近づくことすら避けているから」という痛快な理由です。厄災の象徴である鬼が端から逃げ出すため、わざわざ豆をまいて追い払う実利的な理由が存在しないのです。
この伝承を決定づけたのが、平安時代中期に活躍した源頼光の筆頭家臣、渡辺綱(953〜1025年)による鬼退治の逸話です。当時、都を震撼させていた丹波国・大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)討伐において、頼光四天王の筆頭として活躍した渡辺綱は、数々の武功を挙げました。なかでも京都の一条戻橋(または羅生門)で鬼の首魁の右腕とされる茨木童子(いばらきどうじ)と一騎打ちを演じ、その強靭な腕を名刀「髭切(ひげきり)」で一刀両断に切り落としたエピソードは、能や歌舞伎の演目としても語り継がれています。
腕を奪われて這々の体で逃げ出した鬼たちは、渡辺綱の恐るべき神速の剣技と胆力に震え上がり、「渡辺一門の血筋、ならびにその家紋を掲げる館には二度と近づかない」と誓い合ったとされています。この伝説が世代を超えて語り継がれた結果、「渡辺の家に鬼は来ないのだから、豆まきは無用である」という確固たる民俗的規範が定着しました。