沖水の歴史を語る上で欠かせないのが、名将・栽弘義監督の存在です。徹底したスパルタ練習と緻密な采配で無名だったチームを鍛え上げ、沖縄県勢として初の全国制覇へあと一歩まで迫りました。
ハイライトとなったのは、1990年夏と1991年夏の甲子園2年連続準優勝です。特に1991年、エース・大野倫投手が右肘を痛めながらも気迫のピッチングで投げ抜いた姿は、高校野球の歴史に残るドラマとして今も語り継がれています。
通算で春3回、夏9回の甲子園出場を数え、通算20勝以上を挙げた沖水は、まさに「沖縄の誇り」として県民の熱烈な応援を背負っていました。本土復帰後の沖縄において、全国の強豪と互角以上に渡り合う姿は、スポーツの枠を超えた社会的な勇気を与えた出来事でした。