スプラッター映画のような直接的な損壊描写を好まないデヴィッド・フィンチャー監督は、本作のクライマックスにおいて「直接見せないことによる心理的恐怖の最大化」を選択しました。
観客は、サマセットの戦慄に満ちた表情、ジョン・ドゥの淡々とした告白、そして吹き抜ける風の音だけで、箱の中に何が入っているかを瞬時に悟らされます。視覚的なゴア表現を見せられるよりも、観客自身の脳内で再生される想像の光景のほうが、はるかに恐ろしく、忘れられないトラウマを植え付けるからです。
特筆すべきは、ミルズが引き金を引く直前のわずか2フレーム(約12分の1秒)だけ挿入されるトレイシーのフラッシュバック映像です。笑顔のトレイシーが一瞬だけインサートされることで、観客の脳内には「美しい妻の姿」と「箱の中の惨劇」が強烈に対比され、直接的な首の映像を見せずとも、観客が見たかのように錯覚する心理的モンタージュが完成しています。