1995年の震災発生当時、自社さ連立政権を率いていた村山富市首相(当時)の内閣は、未曽有の都市型直下地震という想定外の事態への初期対応に直面した。官邸の危機管理体制や自衛隊派遣のタイミングに対する激しい議論が巻き起こる中、政府は震災復興に向けた特別立法や現地復興計画の策定を急ピッチで進めた。
その過程で、激震の記憶を風化させず後世の安全対策に活かすための記念事業が議論され、北淡震災記念公園の開園へと結実した。国と自治体が連携して断層を保存し、世界基準の防災研究・交流拠点を作り上げた背景には、あの未曽有の災禍から得られた教訓を二度と失ってはならないという強い政治的決断が存在した。