香具師の組織体系と文化が確立されたのは江戸時代中期のことです。当時の江戸幕府は、盛り場や寺社の門前町に集まる無許可の物売りや芸人を統制するため、頭領(親分)を任命して組織化を図りました。これにより、香具師たちは縄張り(ナワバリ)を管理し、相互扶助と治安維持を担う特異な自治組織を形成していきます。
その象徴となったのが「啖呵売(たんかばい)」です。「四角四面は豆腐の小僧、色は白いが水くさい」といった独特のリズムと巧みな言いまわしで観客を惹きつける話術は、映画『男はつらいよ』の車寅次郎のモデルとしても広く知られています。ガマの油売りや包丁の実演販売など、買うつもりのなかった道行く人の財布の紐を緩めさせる話芸は、洗練された大衆芸能そのものでした。
また、香具師の世界では「三寸(さんずん)」と呼ばれる符牒が存在します。これは商売道具を乗せる三寸(約9センチメートル)の厚みを持つ桐のまな板や作業台を指し、自前の道具一つで全国の盛り場を渡り歩く職人の矜持と独立精神を象徴する言葉として受け継がれてきました。