昭和から平成にかけて広く流布した「胃が痛い時は牛乳を飲んで粘膜をコーティングすると良い」という説は、現代の消化器病学において決定的な修正が加えられています。確かに牛乳を一口飲んだ直後は、弱アルカリ性の性質が一時的に胃酸を中和し、痛みがフッと引くような錯覚を覚えます。しかし、これこそが落とし穴の始まりです。胃が痛い時の牛乳が逆効果となる真相は、牛乳に含まれる成分の生化学反応に隠されています。
牛乳に豊富に含まれる「カルシウム」と「カゼイン(タンパク質)」は、胃の幽門前庭部にあるG細胞を直接刺激します。これにより、胃酸の分泌を爆発的に促す消化管ホルモン「ガストリン」が大量に放出されます。飲用後30分から1時間を経過した段階で、飲用前を遥かに凌ぐ強力な胃酸が分泌される「リバウンド現象」が引き起こされ、荒れた胃粘膜を容赦なく削り取ることになります。日本消化器病学会に所属する臨床医の報告でも、胃潰瘍や急性胃炎の患者が牛乳を多飲したことで夜間に激痛を再発させた症例が多数報告されています。
さらに見落とせないのが、カフェインが胃痛を悪化させる経緯です。コーヒーや濃い緑茶に含まれるカフェインは、胃粘膜の保護バリアであるプロスタグランジンの生合成を抑制しつつ、胃酸の分泌シグナルを増幅させます。仕事中のストレスから胃がキリキリと痛む際、「気分転換」と称してカフェイン飲料を摂取するのは、ガソリンを抱えて火の中に飛び込む行為に他なりません。