ソーシャルメディア等で時折散見されるのが、「重いソリを曳かせて坂を登らせるのは動物虐待ではないのか」という懸念の声です。しかし、現地の飼育環境や調教師、装蹄師ら関係者の証言を丹念に取材すると、ネット上の短絡的なイメージとは全く異なる現実が浮かび上がります。
そもそも「ばん馬」は、北海道の原野を切り拓くために海外の重輓馬(じゅうばんば)を交配させて誕生した農耕馬がルーツです。彼らの骨格、強靭な筋繊維、太い脚部は、「重いものを牽引すること」に特化した進化の結晶であり、体重500キロ前後のサラブレッドとは身体構造そのものが根本から異なります。人間に例えるならば、長距離スプリンターと重量挙げ選手の違いです。
競馬場関係者への聞き取り調査によると、厩舎では専属の獣医師による定期的なメディカルチェックが徹底され、馬房内の温度管理や敷料の衛生状態、飼料の栄養計算は極めて厳格に運用されています。近年は日本中央競馬会(JRA)と同様にアニマルウェルフェア(動物福祉)に関する国際的基準への対応が強化されており、騎手による手綱やムチの使用制限、競走中止基準の見直しなど、馬体の安全確保が最優先されています。
さらに見逃せないのは、「ばんえい競馬が存在することで、北海道の開拓史を支えた日本ばん系種の血統が保護・継承されている」という文化人類学的事実です。農作業の機械化によって全国で役用馬が激減する中、競走馬としての活躍の場があるからこそ、牧場での繁殖が維持され、種としての絶滅を防いでいます。表層的な批判の裏にある歴史的共生関係を理解することこそが、この競技を正しく捉える必須の視点です。