「こんばんは、炭治郎君。今夜は月が綺麗ですね」という呼びかけから始まった機能回復訓練編の夜の屋根の上の対談は、胡蝶しのぶの内面が初めて明かされた決定的なシーンです。
鋭い嗅覚を持つ竈門炭治郎から「怒りの匂いがする」と指摘された際、しのぶは静かにこう返します。
「そうですね、私はずっと怒ってますよ。鬼に肉親を殺されたときからずっと。鬼に大切な人を奪われた人たちの涙を見るたびに、絶望の叫びを聞くたびに、私の中に怒りが溜まり続けていく」
いつも絶やさない笑顔は、かつて上弦の弐・童磨によって命を奪われた姉・胡蝶カナエが生前に遺した「しのぶは笑顔が一番可愛い」という言葉と、「鬼と仲良くする」という姉の叶わぬ夢を受け継ぐためのペルソナ(社会的仮面)でした。
心理学的に見れば、彼女は自らの激しい復讐心や怒りを、姉の遺志である「慈愛の笑顔」でコーティングし、精神的な均衡を保っていました。鬼に対する激しい憎悪を抱えながらも、鬼を哀れんだ姉の理想を否定したくないという葛藤が、彼女の言葉に特有の緊張感と切なさを生み出していたのです。