日本映画製作者連盟の歴史を振り返っても、1980年代末から1990年代にかけての邦画界は、映画表現の自由と商業性の狭間で激しい模索が続いていた時代だった。その渦中で生まれた官能映画やエロティック・サスペンスにおいて、青山知可子が果たした役割は極めて大きい。
ただ裸体を晒すのではなく、人間の業や孤独、愛おしさを全身で表現する彼女の演技。それは安易な露出を売りにした作品群とは明確な一線を画していた。画面の隅々まで研ぎ澄まされた光と影の演出の中で、彼女の身体はまるで一幅の絵画のように完璧な構図を描き出し、邦画における官能美学を新たな高みへと押し上げたのである。