1999年に社会現象を巻き起こした『First Love』のメガヒット以降、NHK紅白歌合戦制作陣は毎年欠かさず宇多田ヒカルへの熱烈なオファーを送り続けてきたとされています。一部の週刊誌では「巨額の制作費提示」や「特別待遇の用意」といった報道が幾度となく飛び交いましたが、2016年を除いてその誘いに応じることはありませんでした。彼女が紅白のオファーを辞退し続ける背景には、大きく分けて3つの明白な理由が存在します。
第1に挙げられるのが、「年末年始は家族と静かに過ごす」という絶対的な人生のプライオリティです。10代の頃から過密スケジュールに追われ、自らの意思で歩みを止めて「人間活動」を選択した宇多田ヒカルにとって、年末の祝祭空間で激務をこなすことよりも、愛する家族や子どもと穏やかな新年を迎えることのほうがはるかに重い価値を持っています。紅白の拘束時間はリハーサルを含めて数日間に及び、ロンドンに生活の基盤を置く彼女にとって、その負担は計り知れません。
第2の理由は、アーティストとしての極めて厳格なサウンド・コントロールの要求です。大規模な生放送特番である紅白歌合戦は、秒単位で進行する進行管理や数多くのアーティストが入れ替わる都合上、1組のアーティストが完全に納得のいく音響設計やモニタリング環境を構築することが極めて困難とされます。彼女は楽曲のミキシングや音のテクスチャーに一切の妥協を許さないプロフェッショナルであり、意図したクオリティを届けられない環境でのライブ歌唱に対して極めて慎重な姿勢を崩しません。
そして第3の要素が、「NHKホールという祝祭空間の持つ文脈との距離感」です。後述する母・藤圭子さんの存在や、昭和・平成の芸能界が築き上げてきた「大晦日は紅白に出てこそ一人前」という同調圧力的な価値観から、彼女は最初から軽やかに脱却していました。誰かに認められるための出演を必要としない自立したスタンスこそが、辞退を選び続ける最大の原動力です。