1999年4月、山口県光市のアパートで起きた光市母子殺害事件。平穏な日常は一瞬にして破壊され、当時23歳だった会社員・本村氏の人生は暗転した。だが、悲劇の直後に彼を待ち受けていたのは、犯人への怒りだけではなかった。事件後の司法手続きにおける、想像を絶する冷酷な現実だった。
当時の司法・法曹界において、犯罪被害者やその遺族は単なる「証人」か「傍聴人」に過ぎなかった。法廷に座る権利すら保障されず、遺影を胸に抱いて法廷に入ることすら制限される時代。被告人の人権ばかりが手厚く守られ、命を奪われた側の尊厳が顧みられない裁判風景に対し、本村氏は激しい違和感と憤りを表明し続けた。